中央構造線の謎
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断層探検9
香取神宮  2014.03.21
中央構造線の東の果て、二つの神社を訪れました。

成田線香取駅下車。
神社風の雰囲気はいいのですが、吹きっさらしの無人駅です。

神宮はかなり遠い・・・・。
JRはメインの交通機関ではないようです。


駅の地図によれば神道山(古墳)


やはり神社があるようです。


山の上には小山と小さな神社がありました。


香取駅方面が望めます。
遠くに利根川、さらに先には鹿島神宮があります。

前方後円墳や円墳が散在しています。
どうやら有力者の墓苑のようです。


遊歩道に沿って山を下ると中腹に不思議な空間がありました。
樹木はあるものの平坦で、神社があってもよさそうな雰囲気です。
古代の祭祀場でしょうか?

北に香取神宮の森が見えます。


300メートルというのは無理があります。
森のはじっこにタッチするまでなら、それくらいか?

たっぷり歩いて、ようやく入り口に到着。


商店街の先に大鳥居。


参道を進むとすぐに要石道発見。
鹿島神宮は有名ですが、ここにもあるのか!

すこし込み入った道を進むと到着。


昔々この地方尚ただよえる国で地震が多く・・・・。
震災から3年たちましたが、余震は今も頻発しています。貞観前のM9レベル地震のことを言っているのでしょうか?

灯篭が無残に放置されています。
震災時、この辺りは震度5強でした。


社殿に到着。
さすがに壮大ですが、南向きのごく普通の神社です。

本殿の後ろは深い森。


立ち入り禁止の原生林です。


森の奥は茶屋と展望台。
眺めがいいので崖の上なのでしょう。


あちこちから車が入ってきて危ないなと思っていたら、お祓いしてもらっていました。
でもここはメインの参道。出入り口と駐車場を別に整備したほうがいいのでは?


やはり震災の被害があったようです。


帰り道の参道をそれて、坂道を登ります。


その名も奥宮
祭神フツヌシの荒魂を祭っています。
けっこう重要なはずですが、誰もいません。


これが磐境(イワサカ)というものでしょうか?こちらが香取神宮の古代の姿なのかもしれませんね。しかもこの神社はなぜか北を向いています。謎ですな。

この夜、宿で寝ていたらグラグラ地震あり。久しぶりなので仰天しました。



鹿島神宮  2014.03.22

翌朝、鹿島線で北浦を越えます。
この辺りに鹿島神宮の鳥居があるはずです。

鹿島神宮駅到着。
鹿島臨海鉄道の気動車が入ってきました。


駅前の長い坂を上ります。


鹿島神宮に到着。
なにやら様子が変です。


なんと震災で大鳥居はバタンと倒れてしまったのでした。
知らなかった。地震除けの本拠地がやられるとは・・・・。

木で再建するようですね。それは賢明。


近くには伊勢神宮の出張所もあります。
中央構造線ネットワークは存在するのか?

こちらはお祓いを受ける車の専用駐車場。
香取神宮も見習っていただきたいです。

参道を進みます。


参道に面して社殿。
この配置は阿蘇神社と同じですね。
しかも社殿は北向きです。これは怪しい


社殿の向かいに謎のヒモロギ。
何か儀式が行われるのでしょう。
一般人が立ち入るのは絶対無理なオーラを放っています。

建物も震災の被害があったのでしょう。


この参道の先の北浦に鳥居が建っています。このラインにいったい何があるのか?


参道はさらに東へ続いています。


案内にしたがって要石


鹿島神宮といえば要石。
でも、ほとんど頭だけ。

坂を下った最も奥に黒い崖と湧水。
古代はこちらがメインの入り口だったそうです。

香取神宮と鹿島神宮はワンセットといわれています。伊勢の外宮と内宮のようですね。そうすると香取が司令部で、鹿島が前線基地なのでしょうか?
中央構造線の確定が望まれます。

下仁田の中央構造線  2014.03.23
中央構造線が地表に露出した最東端の地を訪れました。

上信電鉄 下仁田駅下車。

ここは下仁田ジオパーク
珍しい地形がわんさかあります。

狭い中央通りを西に進みます。


諏訪神社到着。



神社のすぐ隣は龍栖寺。


神社の裏は崖っぷちです。


川原に下りてみました。


足元に貝の化石発見。
外帯ならば高圧変成のために化石はないはず。ここは内帯の下仁田層です。

対岸に回りこみます。
周囲にはユーモラスな形の山がいくつもあります。これらは根なし山(クリッペ)です。


川井の断層」看板発見。


川原に下りると、さっきの諏訪神社が見えます。


北大野-岩山断層露頭。
手前が緑の外帯(青岩)、向こうが茶色の内帯(下仁田層)。つまりこれは中央構造線の露頭です。

確認のために引き返すと、露頭の直上は善福寺です。さすがこの辺りは、宗教施設が密集しています。


中央構造線は西へ続きます。


川原に青岩公園があります。


当地では外帯の岩石を青岩と呼びます。
断層に近いのに破砕されていませんね。


川沿いに西へ進みます。


このあたりは見所が密集しています。
川原に跡倉礫岩。クリッペと同じ8千数百万年前の岩石だそうです。

こちらはフェンスター(地窓)
全く異なる地質が水平に接しています。

下仁田町自然史館到着。


門のすぐ前にも見所が。


クリッペのすべり面
これは圧巻。上下で異なる地質が接しています。つまり断層でしょう。
根なし山は正体不明ですが、外帯の上に乗っかっているのです。
青岩が破砕される代わりに、その圧力で別の外帯が乗っかってきたのでしょうか?

元は小学校の博物館。
入場無料
ビデオを見た後、マンツーマンで説明していただきました。
秋には伊那でジオパーク全国大会があるそうです。


下仁田ジオパークラッピング列車で引き返します。


4駅先の上州一ノ宮駅下車。


駅の北には崖があります。


長大な参道。
ふもとに鳥居はありません。

何とか登りきるといい眺め。
このどこかを中央構造線が通るはずです。

ようやく入り口に到着。


と思ったら、社殿は階段の下にあります。
こんな構造の神社は初めて見ました。


立派な社殿。
上州一ノ宮貫前神社
「ぬきさき」と読みます。

でも急傾斜地に建っています。


本殿の奥は切り立った崖です。


帰りの鳥居にて。
なぜ高崎や前橋ではなく、こんな辺ぴなところに(失礼)、一ノ宮があるのか?
やはり古代人は中央構造線を恐れたのか?いろいろ分かってきてしまいました。
なぜ中央構造線に沿って大神社があるのか、その謎については別の機会に発表するつもりです。


鹿島神宮到達記念 初出版出来! 2014.06.18
阿蘇神社から鹿島神宮まで、とうとう中央構造線を(だいたい)縦断できました。
これを記念して小作品を書きました。「なぜ神社は崖の上にあるのか?」
なんとタダで自費出版できる時代になりました。ヽ(・∀・)ノ

ここまでのHPをお読みの方には、もう当然お分かりの答えになるのですが、新たにいろいろ織り交ぜています。中央構造線が本気で動いたら、何が起きると思いますか?フフフ。ヒミコも出るよ!

もしよろしければ、kindleでどうぞ。
スマホもOK。


さて次は棚倉構造線を攻めようか。


大町山岳博物館訪問 2014.06.28
梅雨で天気が悪いので、車でお出かけしました。
信濃大町駅からは徒歩25分・・・・。

急傾斜の上に鎮座。
徒歩はきついでしょう。

3階からは大町市街が見渡せます。
もちろん晴れていれば北アルプスも。

地質の展示はわずかでした。
岩石とパネルが少々。

ビデオを見たら、北アルプス北部はカルデラの跡だそうな。糸静線が造ったカルデラなのか?


屋外の動物園の奥に神社発見。
博物館は糸静線の地震断層、松本盆地東縁断層の直上です。



尖石縄文考古館訪問 2014.07.05
国宝に決まった土偶を見に出かけました。

茅野駅下車。
諏訪バスに乗り換えます。
本数は少ないので注意!

えっ、これに乗るのか!?
とびっくりしましたが、地元では普通のようです。

途中、御座石神社発見。磐座か?
帰りに寄ろうと思ったまま、すっかり忘れてしまいました。

約20分で到着。
尖石は「とがりいし」と読みます。
バスの案内放送で初めて知りました・・・・。


こちらは元々国宝縄文のビーナス
棚畑遺跡出土。5000年前。

よく見ると顔は仮面です。
モデルはシャーマンでしょうか?

こちらが新たに国宝に指定される仮面の女神
中ッ原遺跡出土。4000年前。

性別は良くわかりませんが、女神なのだから女性なのでしょう。
縄文のアーチストはデフォルメが得意ですね。
何千年も前なのにアバンギャルドです。

伊那谷から運び込まれた土器
4500年前。

やはり昔から交流があったのです。

遊び心いっぱいのイノシシの装飾。
ゆるキャラの走りです。ブヒッ!

企画展の土偶。山梨の遺跡のレプリカ。
指は3本。これは人間じゃないぞ!グレイだ・・・・。
古代の謎は深まるばかり。

博物館の隣は与助尾根遺跡
野鳥のサエズリが爽やかです。


バスで来た道路を挟んで尖石遺跡
ここに石器時代から人が住んでいました。

モノは出土しますが、言葉や音楽は失われてしまいました。現代は幸せな時代ですね。
縄文人はどんな歌を歌っていたのでしょうか?

沢に下りたところにあるトガリイシ
遺跡の名前になった信仰の場のようです。
はたして縄文時代から御柱を建てていたのでしょうか?

1回だけタイムスリップできるなら縄文時代希望です。もちろんデジカメ持って。

出羽国一ノ宮 鳥海山大物忌神社  2014.07.27
棚倉構造線の北の果て、鳥海山のふもとを訪問しました。

延々と羽越線普通で移動し、酒田駅で乗り換え。
これは国宝の土偶「縄文の女神」のレプリカ。
やっぱり縄文のアーチストはただ者ではありません。
ミロのビーナスは腕を失ったから、かえって味が出たといわれています。こちらは最初から省略!さらに顔まで省略。
わかってらっしゃる。
「人に生まれたからにはアートを生まねばならん!」
そんな親方の執念すら感じます。

天気が不安定で鳥海山は見えません。


南鳥海駅通過。
のどかな庄内平野を進みます。


遠くに鳥居が見えました。
里宮は二つあり、こちらは蕨岡サイトでしょう。駅から遠く、時間がないのでパス。
三連休に来ればよかった・・・。

吹浦(ふくら)駅下車。


駅前のぐにゃぐにゃした道を進みます。


すぐに到着。
吹浦サイトの鳥海山大物忌神社
もちろんご神体はバリバリ活火山の鳥海山そのものです。本社は山頂にあります。
ものものしい名前は、鳥海山の噴火が戦乱の前兆と考えられたからだそうな。

閑散としていて参拝客は少ないようです。
あちこち破損が目立ちます。
ちょっと心配・・・・。

禁止事項 車馬を乗り入る事
でも車のお祓いは境内なのね。


不思議な配置の神社です。
拝殿がずれています。

どうやら崖の上がメインのようです。
下拝殿は必要なのかしら?


長くて急な石階段。
見事にひざが笑いました。


崖の上に拝殿。
こちらは昭和建築。もともとは無かったのか?


拝殿のさらに上に本殿が二つ並んでいます。


奥が主役の大物忌神社本殿
手前が同じ造りで摂社月山神社本殿
なぜ唐突に月山が?

そうか棚倉構造線は月山(活火山)も通るのか。


階段は懲りたので、スロープの道を下ります。
でも失敗。滑ってこけそうな恐怖のコケ付き急坂です。

少し時間があったので海まで来ました。
(見えませんが)遠くに飛島があります。
鳥海山の噴火で山体が飛んで出来たという伝説があります。

この庄内平野のどこかを通る棚倉構造線
中央構造線とは兄弟、というより一心同体、名前が違うだけで、内帯と外帯を分けます。

なぜ古代人はこの境界に注目したのか?
それは火山と関係があるのですよ。
(詳しくはKindle本をぜひ!


つづく